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短編「人の愛し方」②(中年映像作家おやじが美青年を愛でる話)

2017/ 06/ 10
                 

            

ビデオクリップの撮影は順調で、橋山はかってない創作の喜びにうち震えていた。

演技については何もチェックなく決定した理人だったが、専門的な演技指導を受けていない事が、むしろ良い方に作用していた。
白い紙が色を吸い込み鮮やかに発色するかのように、橋山の指導や注文を受けて無垢な才能を瑞々しく開花させた。

橋山はまだ磨かれていない原石を自分で発見し、それを研磨し、布で擦る、そんな感覚の中にいた。
10年に渡り週刊誌の表紙を撮影してきた。
アイドルやミュージシャン、アナウンサー、スポーツ選手や作家。
大概の著名人の顔をカメラ越しに凝視してきた。
そんな橋山が逸材だと認めざるを得ないのが理人だった。

切れ長の目と通った鼻筋、色白なのは東北出身という事を思わせもした。
肌はきめ細かく透けるようで、首すじから滑らかにシャツの胸元に消える曲線が艶美だ。
表情を作らなくてもどこか笑みを乗せたような唇は少女のような可憐さか漂う。
端麗なのは顔かたちだけではなく、どちらかというと小柄な体格であるのに、均整の取れたスタイルにより実際よりも背が高く見えた。

なるほと理人の姉が言う事はもっともだ。
カメラ越しに思う。

理人がカメラに気づきちらりとこちらを見た。
気高く何者にも媚びない野生動物のような鋭さがある。
射るような瞳はカメラ越しに橋山の胸を打った。

…目鼻の形を取り繕っただけのアイドル候補とは比べる事が愚かに思える。
理人の何が橋山を打つのか。
「人間」を取り続けてきた橋山ですら分析しきれない何か…
人が踏み入れない地にひっそりと咲いている、まだ名のつけられていない花のような…

若い彼は人を愛した事があるのだろうか?
ふと橋山は考えた。
射るような澄んだ瞳を独占した人間。
橋山は同性愛者ではない。しかし滑稽だとは自覚していても胸の奥にざわつきを覚えた。

「橋山さん」
現実と乖離した橋山の意識が、凛とした芯のある声で呼び戻された。
制作しているビデオクリップの楽曲を歌うシンガーソングライターの南璃子(みなみりこ)だ。
撮影の様子を見に、多忙スケジュールの中、顔を出したらしい。

「初めまして。ご挨拶が遅れてしまって。橋山さんに映像を制作してもらえるなんて夢みたいです」
璃子はそう言うと真っ直ぐに橋山を見て微笑んだ。

ストレートの肩下までの黒髪が微かに揺れる。
互いにスケジュールが過密する中、橋山は璃子と会わずに仕事の依頼を受け今日に至っていた。
過去の映像を作品作りの参考にはしていた。
よい意味で芸能界に馴染んでいない。橋山は璃子に対して擦れていない印象を抱いていた。
目の前で見る璃子は映像よりもさらに飾らない雰囲気で、地方の高校生のような朴訥さがある。

「よい作品に仕上がりそうだよ」
橋山は挨拶もそこそこに理人に視線を戻した。

「素敵な方ですね」
璃子が思ったままと言った素直な感想を述べた。

「あなたの透明感のある声と重なるね。曲はヒットするだろう」
 橋山は顎に手を置いて理人を見つめながら言った。
「そうなったら嬉しいです。…ヒットするのは曲だけではないと思いますけど」
璃子は上機嫌そうな声で付け足した。

(曲も、彼も、か…)
橋山は口には出さずに考えた。
おそらくこのビデオクリップが公開されたら理人についての問い合わせが殺到するだろう。
そしてコマーシャル、映画…
雑誌の表紙も飾るだろう。
そうなった時に、彼は今のままでいられるのだろうか。
橋山は誘惑の多い芸能界で、華々しくデビューしたものの爛れた男女関係に溺れたりドラッグに手を出し落ちていった人間を数多く見てきた。

スタッフと打ち合わせしている理人が目に入る。
…いや彼はきっと…

その時理人と会話していたスタッフが橋山の方を向き、準備が整った事を伝える。

「…最後のシーンだ。今からね」
「見ていってもいいですか?」
璃子が聞いた。

「勿論」
そう言うと橋山は立ち上がり、理人に歩み寄ると、手に持っている資料を見せ最後のカット割りの説明を始めた。周囲のスタッフの空気が張り詰める。

理人は淡々と質問し自分の立ち位置などを確認していく。
その合間に一瞬璃子の方に理人の視線が向いた。
目が会うと微かに笑みを作り、璃子に会釈した。


~③(完結)に続く~


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